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【続ける理由が分からない時に】私が英語学習をする理由

2021-03-25

2021年、この記事を書いている時点で、私は英語学習に自分の時間を割くようにしています。

と言っても、朝の1時間程度の時間のみですが。

それでも私にとっては大きな時間です。

いったい全体、私は何のために毎朝の様に英語学習に時間を割かねばならぬのか。

学習の成果が出ているのか分からないような時に、そんなことを一瞬思ったりします。

別に誰にやらされている訳でもない、自分自身で選んで取り組んでいるのも関わらず。

そんな時に、いろいろ考える訳です。

そんな雑然とした思いを、一度まとめてみようと思います。

誰のためでもない、自分のために。

もし誰かのためになるのだとしたら、以下の点においてでしょう。

ココがポイント

自分自身の目的を明確にするということは重要である

あなたがもし、次のような状態であれば、あらためてご自身の目的を考えてみることをおススメします。

何かに時間を割きつつも、何のために取り組んでいるのか分からない。

そんな時に、私の想いが参考になるかもしれません。

私が英語学習をする理由:きっかけ

まず最初に、そもそも何故私は英語学習をしたいと思ったのでしょうか。

それは中学生の時の体験までさかのぼります。

中学生3年の時に、私は学校の主催でアメリカへホームステイする体験を得ました。

今思えば、お試し程度のホームステイとも言えないモノでした。

1週間目:大学の寮で語学研修。

2~3週目:1週間ずつ受け入れ先を変えながらホームステイ。

4週目:観光。

私一人だけでなく、友人とだったので、必ずしも英語を話さねばならない状態ではありませんでした。

ただ、当時の私にとってはとても刺激的な体験だったのです。

なかでも、アメリカと日本で行動様式など、価値観が大きく異なるということを知り、それが何に由来するのかを学んでみたいと考えました。

こうしたことをキッカケとして、私は英語を話せるようになりたいと思いましたし、そのことに関して学びたいと思いました。

そこで大学では国際学部を専攻することにしたのです。

私が英語学習をする理由:潜在意識の自覚

そこまでは比較的分かりやすかったのですが、その後大きく方向転換することになります。

大学では勉学をそっちのけとし、部活動にハマってしまいました。

英語学習など頭の片隅へ追いやってしまったのです。

その状態はしばらく続き、10年ほど経ち、理学療法士となってから再度英語が話せると良いなぁと思う様になってきました。

理学療法士として海外で働く、学会発表するなどできたらオモシロそうだと思ったからです。

とは言え、それでもボンヤリとしたものでしかありませんでした。

時々、思い立ってはTOEICを受験し、かといって勉強を継続する訳でもなく。

そんなことを繰り返していました。

それから更に10年ほど経った2019年、ある出来事がありました。

プロフィールにも少し書いたのですが、ミニマリズムという考え方に出会って、持ちモノを最小限にしようと考えたのです。

プロフィール

私に興味をもって頂きありがとうございます。 この記事では、履歴書的に自分の経歴を記しています。 もしよければご覧になって頂けると嬉しいです。 目次 年齢・性別職業・資格学歴職歴職務経歴Life wor ...

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その時にどうしても捨てられなかった2冊の本のうちの一つが、英語に関する本でした。

今も、そして当時も、英語が話せなくても生きていけます。

特に困ることもありません。

しかし、なぜだかその時、次の様に強く思ったのです。

この英語学習の本を捨ててしまったら、私は今後絶対に英語を話せるようにはならない

そう思った時、手放すことができなくなり、もう一度英語学習に取り組むことを決意しました。

今度こそ自分のモノとできるように。

ハッキリ言って、この感覚は自分でもよく分かりません。

しかし、潜在意識では意欲が残っており、それだけ捨てがたいモノであることが自覚できたのだと思います。

私が英語学習をする理由:英語を話せるようになってしたいこと

表面的な目標

英語で臨床ができるように成ること。学会発表をすること

これが一つの目標です。

ただ、おそらくこれは建前です。

もちろん、具体的な目標として考えたときに、こういうことができたら良いなと思っています。

しかし、このために情熱をかけて英語学習に取り組んでいるのか、と自分に問うと、少し違うのではないかとも思ってしまうのです。

内面的な目標

今回、この記事を書くことは、本質的な欲求は何かなと考える機会となりました。

そして、今確実に英語学習する理由として思い浮かぶのは…

ただ話せるようになったら楽しそうだから、話せるようになりたい

極論すると、単純にこうした無邪気な気持ちなのだと思います。

なんだそりゃ?

40過ぎて、そんな子供っぽいこと言ってんな

そんな声が聞こえてきそうです。

自分でもそう思います。

でもたぶん、そうなんだと思います。

ただただ楽しそう。

10代の時に行った1ヶ月のアメリカ旅行。

あの時の異国に行くというワクワクや、未知の体験に対するドキドキ。

こうした思いを、英語を話せるようになれば、またできるのではないか。

そんな風に思っているのではないかと、自分なりに解釈しています。

そして、この様なフワフワした動機であるからこそ、今まで継続できなかったのでしょう。

真の理由

こうして自己分析してみると、私は10代の頃のただ無邪気な思いを、成仏させたいだけなのかもしれません。

現状を打破するような突破口として、期待しているだけかもしれません。

話せるようになったって、何も変わらない。

そんなことも思います。

でも、続けようと思います。

やっぱり楽しそうだと思うから。

まとめ

もし、この記事を最後まで読んでくださった方がいらっしゃるならば、心から感謝いたします。

この何の生産性もない記事にお付き合いくださって、言葉もありません。

単純に楽しそう、ただそれだけのために勉強を続けよう。

その様に思った次第です。

世の中的には、よりグローバル化が促進していくでしょう。

私の10代の頃は、国際電話でコレクトコールなどがありましたが、今はオンライン通話が可能です。

SNSやYouTubeなどにより、英語だけでなく海外の言葉に接する機会も増えました。

娘もいつの間にか知らない言葉の動画を見ていたりする時代です。

インターネットの普及により、コミュニケーションにかかる金銭的、時間的、距離的コストがかからなくなり、ずっとずっと外国が身近になりました。

これから宇宙開発が進むと、移動の時間・費用も少なくなり、体感的な距離も近くなりそうです。

そんな時代だからこそ、英語を学ぶ意義もあるでしょう。

でも、こういう理由って納得できるんですけど、正直心にまでは刺さってこない。

10代の頃に私自身が心で感じたワクワク・ドキドキを信じて、学んでいこうと思います。

そして、その姿を娘が見て、英語学習が楽しいとか・必要性を感じてもらえたなら、それはとても嬉しいことです。

その様になることを願い、学びを続けたいと思います。

以上。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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